なぜ、人を巻き込みフットボールは感動するのか

futtoboru

 

こんにちは守屋です。

【なぜ、人を巻き込みフットボールは感動するのか】についてお話します。
結論から言えば

サッカーは【スポーツ】
フットボールは【文化】

だからです。
詳しく説明していきますね。先ずサッカーというのはスポーツの一種でありこれは誰でも知っていることですよね。11対11でゴールネットに多く入れた方が勝ちというシンプルなスポーツです。
簡単に言ってしまえば誰でも出来ます。老若男女できますし言葉が通じなくてもボールで分かり合えることも出来ます。何故なら共通の【勝利】と言う目的が決まっているからです。
ではフットボールとはなんでしょうか。それは【文化】だと思っています。
文化とは
社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教、種々の制度などはその具体例。文化相対主義においては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
つまりは誰でもその文化に触れて共有できて伝達されるものであること、人種関係なく独自の価値を伝えることも可能なもの。
それがフットボールだと私は思っています。
サッカーの試合を恋人と観に行く。その試合、応援しているチームが勝ったら結婚しようとプロポーズを考えているかも知れません。仕事でうまくいかなかった時、試合を応援して発散してまた1週間頑張ろうという風に思ったりする人もいます。
悲しくて辛いときに、ひたむきに頑張っている選手を見て、俺も頑張ろうと思うかも知れません。
街の小さな居酒屋でテレビ中継でサッカーを観ながら全員でため息ついたり歓声を上げたり全員で同じ時間を共有することだって出来ます。
そこには11対11の人数だけではなく、多くのサッカーに関わる人々全てが応援したり、色んな感情を持っています。何がそんなにも感動させるのかと考えたときに一番に思うのは一生懸命であり、一瞬の得点で勝敗が分かれてしまう部分なんだと思っています。
30秒あれば1点が取れてしまうサッカー。つまりは勝利を手にするのも30秒であれば負けてしまうのも30秒です。その1点の為にどれだけの時間を練習に割いてきたか、どれだけの時間を犠牲にしてきたか。
だからこそ、その1点を取られないように、取りたいが為に必死になる。人生をかけて…

そんな部分がきっと人生の一部分、文化になっている人がいるからこそ全てのスポーツは勿論のこと、フットボールは感動するんじゃないかと思います。
ある人には人生の楽しみ、ある人にとっては一世一代の大勝負、ある人にとってはコミニティ。ある人にとっては人生を賭けている。そんな風にもう11対11でやるだけのサッカーではなく多くの人と共有しあうフットボールと言う文化なのです。

街の何気ないサッカーチーム、自分の住んでいる地域のサッカーチームに応援に足を運んでみてください。そこには多くの人の人生の全てが詰まっていますから。

投稿者:

shingo moriya

静岡/大阪/soccer/基本的にサッカーについて呟いてます。勝利の仕組みはどこにあるのか、熱狂の仕組みは何か探求し続けています。毎日お昼頃にブログを更新してます。

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