結果さえ良ければ、手段は常に正当化される

 
こんにちは守屋です。

 

【結果さえ良ければ、手段は常に正当化される】

 

についてシェアしたいと思います。

 
イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の外交官として知られているニッコロ・マキャヴェリの名言です。

 
「結果さえ良ければ、手段は常に正当化される」

 

この言葉を聞くと必ずいう人がいます。

 

「結果が全てではない」

 

確かにそれも一理あると思います。

 

でも、結果を出しているということは、自分なりの道筋を立てて、過程があったからではないでしょうか。

 

その是非は、結果が継続して出るかによると思っています。

 

単発的な結果しか出ないのであれば、それは一種の覚せい剤のようなものであり、切れてしまえば今まで以上に悪い状況を招いてしまうかもしれません。

 

しかし、結果をどんな形でも出し続ければ、その結果の出し方は間違いではなかったこととして証明されるということです。

 
例えばJリーグのクラブで、スポンサー企業が大企業で資金が潤っているとします。

 
その資金で良い選手を獲得して、良い環境を整えるて優勝と言う結果を出す。

 
最初は周りも
・お金で選手を取ってきて…
・育成の選手はいないのか…
・面白くない試合だ…

 

と思うかもしれませんが、勝利していけばいくほど、周りは批判よりも、このやり方でもまずは勝利、そして優勝。

 
その次に、中身を改善していけば良いんじゃないかと思うわけです。

 

なぜなら、スポーツに限らずプロして仕事をしていく以上、結果を残さない限りは見向きもされなくなってしまうからです。

 

見向きもされ無くなれば価値は下がり、応援してくれる人は少なくなり、収入も減っていきます。

 

一流選手の話を真剣に聞くのに、自分の親が言うことには信憑性がないと感じるのはなぜでしょうか。

 

結果が出ているからです。

 

結果を出している選手の行動はそのまま正当化されて、みんなが真似をしようとします。

 
しかし、自分の親が伝えても結果が伴っていないので真似ようとしません。

 

結果に拘る、結果が全てと言う一流の選手は、結果で評価される厳しい世界を肌で感じています。

 
ぜひ、自分の立場に置き換えて、結果に拘っているか考えて行動してみて下さいね。