結局大事なのは「起こった結果」の捉え方

こんにちは守屋です。

【結局大事なのは「起こった結果」の捉え方】

についてお話ししたいと思います。

 

負けてしまった試合でも、ある選手にとっては「収穫のあった試合だった。」と言い、ある選手は「勝たなければ意味がない、本当に残念です。」というコメントがあったりします。

 

なぜ、結果は同じでも捉え方が異なるのでしょうか。また、捉え方でどんな風に次の行動が変わることが予想できるのか探ってみたいと思います。

 

自分が意図したプレーができた

 

 

語弊を恐れずに言えば、選手の中にはチームが勝利することよりも、いかに自分が良いプレーをするかを重視する選手もいます。

 

分かりやすい個人技に走るという意味ではなく、自分がどれだけ精度の高いクロスを上げることができるか、1対1で相手をどれだけ抜けるか、攻撃の起点となるパスをどれだけ出せたか。

 

など、選手の成長はチームの結果とは一致しないと以前も伝えましたが、まさにサッカー選手として成長を感じたいという場合、チームの結果が最優先にならない場合もあります。

 

その場合、負けたとしてもコメント的には「通用する部分があった」「結果はついてこなかったですが、今後もやるべきことをやっていきます」と捉えるわけです。

 

起こった結果が優先される場合

 

 

負けと言う結果にも様々な形があります。追いつかれた場合、攻めていたものの決定的な場面で得点を決めれなかった場合、圧倒的な実力を見せつけられて完敗した場合。

 

起こった結果をそのまま捉える場合は、そのままの言葉が出てきます。

 

「攻めていたけど、決定力に欠けました。」

 

「悪くはなかったですが、結果的には負けてしまったので意味がありません。」

 

「実力の差が出てしまったと思います。」

 

何か自分の中で意図して試合に臨んだというよりも、試合に勝ちたい、無我夢中で試合をした結果についてコメントする場合、このような発言が多いのではないでしょうか。

 

「起こった結果」がたとえ悪かったとしても、捉え方次第では自分の成長の糧となるものです。


例えば受験勉強の結果、不合格になってしまったものの、自分が意識した英語と数学は満点に近い結果を出しました。

 

その場合、落ちてしまった事実は受け止めて、それよりも、

 

「英語と数学の勉強の仕方は間違っていなかったということだな。それじゃあ、それ以外の科目の勉強の仕方を改善することで今度こそ合格しよう。」

 

という風に捉えることで次の結果が変わってきます。

 

受験は1年に一度なので、早くに気付き改善することが必要となりますが、サッカーの試合は1週間ごとに結果が出ます。

 

その結果ばかりに捉われるよりも、自分がどんな風に受け止めるのか、自分がどんな意図を持って試合に臨み、それに対し成果は出たのか。

 

と言うことを最優先に考えることで、結果に左右されなくなりますので、一度起こった結果ばかりに振り回されていないか考えてみて下さいね。

 

 

最後まで読んで頂いて、とても嬉しいです。 ありがとうございます。


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