今の環境、やりがい搾取されていませんか?

こんにちは、守屋です。

やりがい 事に当たる際の充足感や手応え、張り合い。過去に行った事について評価する場合は「やり甲斐があった」の他に「やった甲斐があった」とも表現する。出典:Weblio 辞書

「やりがい」という言葉は、曖昧な要素が多いと私は感じています。その理由は、結果にこだわらなくても自己評価で片づけることが出来るからです。

 

つまらない(周りからしても、自分にとっても)仕事に対して、小さなやりがいを見つけて楽しもうとする、自己満足で済ましてしまうという経験は多くの人が思い当たる節があるのではないでしょうか。

 

適度な飴とムチが、変化を遠ざける

やりがいがある仕事は、収入や数字がついてこなくても「お客様が喜んでくれるから」という理由だけで、変えよう、変わろうとしない場合も多かったりします。

 

ブラック企業などは典型的な例ですが、収入が上がることはなく、労働時間が減ることはなくても、死なない程度の飴と休みを与えて、給料日には「いつも助かっているよ。」と賛辞を与えながら働きアリとして使わされるだけなのです。

労働者が不満を訴えても、

「頑張りが足りない。」
「もっと出来ることを頑張ろう。」
「お客様のために出来ることを最大限やっているのか?」

 

と比較的抽象的な言葉で返すのです。そしてその後に必ず、

 

「頑張ったら報われる。」
「やり続けたものが、必ず勝ち組になれるんだ。」

 

などの言葉を付け加えてやりがいを搾取しようとするのです。

 

サッカー選手の、やりがい搾取とは。

Jリーガーの多くは契約更新する際にお金のことで、色々と面倒なことになるのが嫌だと思っているのではないでしょうか。

 

例えばチームへのリスペクトが強い選手にとって、優勝に貢献した選手であっても年棒が昨年より、思った以上にアップしていない場合でも関係がこじれることを考えて、サインしてしまうケースも少なくないはずです。

 

社会人でも同じですが、結果を出している(もしくは出していると思っている)選手は、自分への評価は新たな年棒、契約金という数字で評価されるものだと思っています。

 

逆に結果を出していない選手も、自分への評価は減額という形で評価されることが一般的であるものの、たとえ不満があってもチームでプレーできることをやりがいに感じてしまっている場合はサインしてしまうものです。

選手弱者の構図から見る、日本の組織制度

ネイマールやクリスチアーノロナウドなどの違約金、または年棒などを見ても、海外(特に4大リーグ)ではサッカー選手の年棒が高騰していると言われています。

 

ですが見方を変えれば、それだけの年棒を貰うということは、選手は結果にコミットすることが求められ、クラブ側としては評価(年棒)に値するプレーを気持ちよくしてくれという意志表示ではないでしょうか。

 

一生遊んで暮らせるような金額を貰う選手であれば、結果を残すというプレッシャーはあるものの、それ以外の雑念は無いに等しいと言えます。

 

 

年棒が低い選手にとっては、来シーズンは契約できるのか、もしくは家のローンが残っているために、減額されると子供の教育費も厳しいし…とピッチ以外での雑念が多くなります。

 

その結果、重要な局面でシュートではなくパスを選択してしまう、もしくは思い切った決断が出来なくなる弱みを作ってしまうことになりかねません。

正当な評価がなくても、努力する日本人

日本の場合たとえ年棒が上がらなかったとしても、パフォーマンスが極端に落ちるようなことは決してない努力家が多いように感じます。

 

それはクラブ側からすれば、移籍を考えない程度の年棒を提示することで、やりがいを感じさせプレーさせるのに適した環境と言えるでしょう。

 

ですが、その環境こそ「やりがい搾取」ではないでしょうか。

 

もっともらしい言葉で、選手をマネジメントしている素振りを見せるクラブがあるとすれば、現役選手に「やりがい」を餌に環境を提供しているだけになってしまっているように感じます。

 

Jリーグおよび日本のサッカーの発展には、より選手の立場を強くするような仕組みと、高額年棒が提示できるような、スポンサーから魅力的と思われるビジョンを持ったクラブの存在がもっと必要なのではないでしょうか。

最後まで読んで頂いて、とても嬉しいです。 ありがとうございます。



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