着眼点と考察、ときどき素直

こんにちは、守屋です。

専門分野で働いている人、またはある職種に特化したスペシャリストであった場合、経験と知識が増えれば増えるほどに一般的な人とは異なる着眼点を持つようになったり考察が出来るようになります。

シェフがレストランに家族と行くと、美味しいという感覚ではなく、

「この食材この時期に使っているってことは国産だったとすれば北陸で取ってきているのか?」

と考えるのが普通になってしまってたり、飲食店経営者が、知らない町の行列が出来ているカフェに入ると、

「この座席数で、この値段、回転率はどの程度だろうか。そして店員も少ない。採算度外視ってわけではないだろうから…豆から全て自社工場だったりするのかな。」

とすぐに売り上げや経営のコストなどを考えてしまうことでしょう。

忘れてはいけないファーストインプレッション

確かに職業的に考察したり、他の人と異なる着眼点を持つことは素晴らしいことです。ですが、それが一番最初に来るような思考はどうなのかと疑問を感じてしまいます。

・自分が応援しているクラブが勝利した。

「いやいや、こんな勝ち方じゃダメだろ。監督の交代選手、起用方法、タイミングが全然だめだ。」

「たった1勝で喜んでいるようじゃこのチームの未来はないよ。」

というのではなく、最初に出てくる言葉は、

「おめでとう!」

であり、その次に自分の考察に入れば良いと思います。

・自分の子供がテストで90点を取った。

「この問題は解けたんじゃないの?前に一緒に勉強したよね?次こそは100点取れるようにさらに勉強ね。」

という前にまず、

「90点!?おめでとう!良くできたね。出来なかった部分は難しかった?何が原因だったか一緒に考えよう。」

と結果に対してしっかりと褒めてから、問題に取り組めば良いと思います。

素直に喜べない体質になると、つまらない人間になってしまう恐れも

起こった出来事に対して、人とは違う着眼点を持つ、考察が出来る人は大事なことで、周りの人に「気付き」と「新しい見方」を知らせてくれます。

ですが、そればっかりが先行してしまうと理屈や理論ばかりのつまらない人間になってしまいます。

例えば東大に入った学生が、一般の大学生と合コンをした際に、

 

「注文してから料理の提供時間で一番お客の満足度が高いのが〇分。逆に不快指数が高くなるのが〇分と統計学的に出ているんだよ。その点ではこのお店は合格しているから満足度が高いお店ということになるよね。」

と聞きたくもないウンチクを言われてもつまらないだけで、肝心の女性の心は全く理解していないわけです。

素直な心と、冷静に着眼点と考察は併せ持つことはできないか?

バカになれと言っているわけでもなく、着眼点を持つこと、考察することがダメと言っているわけでもありません。ただ、嬉しいと感じたことには素直に

「おめでとう!」
「良かったね!」

という言葉で伝えることも、人間性という部分では大事ではないでしょうか。人とは異なる着眼点を持つこと、考察することも非常に重要であることは言うまでもありません。

ですがもし、自分の中でちょっとそっちに偏っているかなって思うときには、素直に出てくる言葉だけ伝えることも、時には必要なのかなと思います。

最後まで読んで頂いて、とても嬉しいです。 ありがとうございます。


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