返事をくれないことも情報と考える

こんにちは、守屋です。

先日、こんな記事が目に止まりました。

メールを1通送ることでそこまで迷惑がられることはないので、あまり気にしなくていいと思います。僕も「迷惑だ!」なんて言われたことはないし、誰だって忙しいので、そんなことで怒ったりはしないです。「返事をくれたらラッキー」くらいに構えていただければいいと思います。
例えば僕の場合、メールを20通送って、返事があるのは3通くらいです。そのとき、相手から「俺はこういう観点でこの情報が面白かった」とフィードバックが返ってきます。実はこのフィードバックにこそ、価値があるのです。つまり、僕はただ1分くらいで情報を送っているだけで、「その人がなぜその情報を面白いと感じたか」という情報をもらえる、ということなのです。
さらに大事なのは、「返事をくれないことも情報である」ということです。返事をくれないときは、「この人は、この領域に今は関心がない」という情報が得られるわけです。そうするとだんだん、“この領域に関心がある人、ない人”という業界マップを描けるようになってきます。気になることが被っている人同士は、何か一緒に始めようとしている可能性があるので、アライアンスを先回りしてとることもできるわけです。スルーされることにも価値がある、それでも「情報共有」すべき理由

反応が無いという情報を意識できるか

”作り手”と言われる人々は、日々お客様にどんなモノ(作品、イベント、モノ、言葉など)が高い共感を得て需要があるか探っているかと思います。

「ヒットしたい」と思って世に作品を送り出すわけですから、ヒットしないと「何がダメなんだろう」と考えるわけです。

「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」トーマス・エジソン

 

という名言があるように反応が無いこと、失敗した経験を意識することで同じ過ちを繰り返さないようになっていくのです。

私の場合の例で恐縮ですが、サッカーの試合観戦はもちろん、サッカーに関わる記事、ライターの書籍、サッカー選手のコメントに対して、

・何を一番に伝えたくて記事を書いているか
・ライターの記事に物語があるのか
・読みやすい記事はどんな内容か
・読者が欲しがっているワードは何か

などを意識して読み、ピックアップしてツイッターに投稿したり、感じたことを自分のブログを書いています。

また、サッカーに関する内容だけでは知識の幅が狭まってしまうと感じ「note」というプラットフォームを利用して、小説を書いている人、コラムを書いている人などから文章の流れや書き方を学んでいます。

なぜそのように学ぶのかと言えば、返事が無いことが情報の一部と受け止めて、どんな情報ならインパクトがあり人々の心に刺さるのかを常に考えて磨こうとしているからです。

サッカー専門で書こうとすれば、既存のメディアで十分に満たせるだけの情報を得れますし個人でやっている以上勝てる見込みは少ないでしょう。

そして自分が「誰に対して書いていくことが一番なのか。」と考えたときに、サッカーに関わる(選手、監督、スタッフ、クラブ関係者、サポーターなどすべて)人々が自分のブログや記事を読んで、自分の居場所に持ち帰ってもらうことが一番だと考えました。

社会人として働いている人であれば、ブログを読んで「会社でもこの内容は使えそうだな。」と思って貰えれば一番ですし、

サッカー少年を子供に持つ母親であれば、「専門的なことはよくわからないけど、これは親としても家族というチームに当てはまりそうな内容だな。」と思って持ち帰ってもらえれば嬉しく感じるのです。

 

少し話が脱線しましたが、返事をくれないこと。つまり反応が無いことも情報だと受け止めることで、「うまくいかない方法を発見していっているだけ」と考えれば気にする必要はないということです。

もし、”作り手”として生きている人は反応がないことで落ち込むことよりも「うまくいかない方法をまた発見した!」と考えることが良いかも知れません。

最後まで読んで頂いて、とても嬉しいです。 ありがとうございます。


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