誰かの為と、自分の為では継続力が異なるのか

こんにちは、守屋です。

取引先の方とお話をしていたところ、自分の語学力向上、アウトプットの為にブログを始めてみたいと言っていました。

もちろん否定せずに「やってみたらどうですか?」と勧めました。

 

始めて1週間は新鮮さもあり、かなり長文で書き綴っていたそうです。そんなある日、有名なインフルエンサーが自分のコラムを紹介してくれたので、かなりのアクセス数があったと話を聞きました。

 

すると今まで以上に積極的にブログを書き始め、一日に更新頻度が3.4回となっていました。ですが書く回数とは反比例するように、アクセス数は紹介された日をピークに下がりっぱなしだったそうです。

 

モチベーションが下がったのと仕事が忙しくなったので1ヵ月ほどブログを書きませんでした。連休となり、久しぶりに書こうと3日連続でブログを書いたものの、アクセスは全く伸びず周りの反応が無いことを理由に完全にブログを止めてしまいました。

 

自分というファンが待っていると思って続けるのか、見えない誰かのために継続するのか

「三日坊主」という言葉があるように、人間のモチベーションは初日をピークに下がり、一瞬で終わってしまうことは良くある話です。

とくに何かのきっかけでスポットライトを浴びてしまうと、毎日のように脚光を浴びたいと中毒症状になる場合もあります。

 

スポーツ選手やアイドル、ユーチューバーやブロガーに経営者などすべての人間が一度は脚光を浴びたいと願っているのではないでしょうか。

ですがそれが本物の実力で無かった場合、周りの人間は一瞬で次のスポットライトを求めて消え去ってしまいます。

そんなとき、自分が取り組んでいることは誰のためかを考える必要があります。

自分のために毎日やり続けていることなのか。誰かの為に必死になって見せたいと思って継続しているのか。

自分のために毎日やる場合、一番のファンは自分のはずです。毎日、自分のペースでやり続けることで自分自身の成長が誰よりも分かるはずです。

ですが誰かのために取り組む場合、それはいつしか誰かの要望に応えようとしている操り人形の状態になってしまいます。

自分が幸せになること、自分が楽しいことを中心に生活していかなければ、周りを幸せにすることも楽しませることもできないのではないでしょうか。

ぜひ、見えない誰かのために必死に頑張ろうとしている人は、いつか消えるかも知れない誰かのためではなく、まずは自分のために継続して取り組むことに意識を向けてみることをお勧めします。

投稿者:

shingo moriya

静岡/大阪/soccer/基本的にサッカーについて呟いてます。勝利の仕組みはどこにあるのか、熱狂の仕組みは何か探求し続けています。毎日お昼頃にブログを更新してます。