苦労して手に入れた結果は本当に重要なのか

こんにちは、守屋です。

社会に出る若者に対して、社会に出ている大人がいうアドバイスの一つに

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

ということわざがあります。

【注釈】
若い頃の苦労は自分を鍛え、必ず成長に繋がる。苦労を経験せず楽に立ちまわれば、将来自分のためにはならないという意味。 若い時の苦労は買ってでもせよ

実際に成功者や若い時に苦労をした多くの人はこのことわざを用いて若者にアドバイスを送った経験もあるかと思います。

ですが、苦労は本当に必要なのか?という疑問が少なからずあるのはいつの時代も一緒ではないでしょうか。

苦労を買うのではなく、「生きていく術」という教材を買うことが重要

1 精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをすること。「苦労が絶えない」「苦労を共にする」「苦労の種」「苦労して育てた子供」
2 (多く「ごくろう」の形で)人に世話をかけたり、厄介になったりすること。「ご苦労をかける」「ご苦労さま」→御苦労(ごくろう) 苦労とは

上記のように苦労は精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをすることの意味合いで使われることが多く、「苦労」を経験してきた世代はこの言葉一つで若者に対してアドバイスを送ります。

ですが、今の時代に本当に苦労というものが必要かと言われれば「絶対」ではなく必要な職種もあるという程度ではないかと思います。

なぜそう言い切れるかと言えば、苦労せずとも稼ぐ手段が無数にあり、自分に合った稼ぎ方さえ知れば苦労せずとも生きていくこと出来てしまうからです。

例えば、

Live.me(ライブミー)

というアプリでは世界中にlive配信でき、自分を気に入ってもらえれば購入したアイテムを受け取り換金することが出来ます。

一部かも知れませんが、自分の好きなこと(もしくは需要がありそうなことで、自分が楽しく続けられること)を配信、発信するだけで稼げてしまうのです。

他にも多くのネットやアプリのみを駆使して稼ぐ人は多く、そんな10代~20代に対して、

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

と言われてもピンと来るとは思えません。それよりも今の世の中で必要なのは、

「自分に合った生きていく術という教材」

を買うことの方が重要ではないでしょうか。会社員をしながら最低限生きていく上で必要なお金を確保し、並行して自分に合った稼ぎ方を模索しながら実験する。

その道のプロ(もしくはアマチュアであっても稼いでいる人)から情報を買い稼ぐ方法を入手し、稼げる手段として稼いでいく。

その中に苦労があるかと言えば、自分に合った生きていく術を見つける苦労はあったとしても、長時間精神的にも肉体的にも苦痛を味わうような苦労は無いはずです。

インターネットの普及は働き方改革ではなく、生き方改革に

インターネットが普及していない時代を生きてきた人からすればスマホ一つで稼ぐ人は、

「なんの苦労もせずに。」

と思ってしまうものです。それは自分の時代には無かった生き方であり働き方だからです。

ですが、これからの時代を生きていく多くの人は、多種多様な生き方を選ぶことが出来る上に企業に頼ることなく稼ぐことが出来てしまうことが普通として生まれてきます。

企業に勤めるという働き方が消えてしまうことが無かったとしても、働き方以前に生き方が多種多様になる時代、苦労というものが過去のものになる時代も早々に来るのではないかと感じます。

もし、自分が苦労して得た地位があったとしても、それは「自分の経験であり」他人に自分の価値観を押し付けるように「若い時の苦労は買ってでもせよ」と重要視されることは時代と共に無くなってしまうのではないでしょうか。

最後まで読んで頂いて、とても嬉しいです。 ありがとうございます。


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